フリーライターいたまり イタガキマリコ オフィシャルサイト

もうすぐ震災から7年。3年経った今ならわかる、嵐の想い~ARASHI BLAST in MIYAGI~

2018/11/13
 
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宮城県仙台市近郊を拠点に活動しているフリーライター。宮城県在住。現在は主にネットにて執筆中。紙媒体も募集中。 得意分野は、エンタメ系・乗り物系全般・iPhoneなどガジェット系・子育て系・地域に関すること等。 一眼レフカメラ(CannonEOSkissX9)を所有し、取材、インタビュー、撮影もこなす。 ブログでは、仕事のこと、体験取材記事を中心に、大好きなことについて、レビュー記事などさまざまな記事を執筆。 詳しいプロフィールと執筆実績は、サイト内のそれぞれのページに掲載。




こんにちは。フリーライターのいたまりことイタガキマリコ
@itamari_DB_ar_gです。

昨夜、久々に嵐のライブブルーレイを見ました。

今回は、【ARASHI BLAST in MIYAGI】について書きたいと思います。

ARASHI BLAST in MIYAGIとは

このコンサートは、2015年9月に、宮城スタジアム(ひとめぼれスタジアム)にて行われた嵐のコンサートです。シルバーウィークのお休みが重なった4日間で行われました。

私は、息子のチケットが当たったおかげで、最終日に参加することが出来ました。この最終日のコンサートは、DVD・ブルーレイとして発売されています。

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嵐が宮城でコンサートをするのは8年ぶりだった

嵐が宮城でコンサートをするのは、当時、8年ぶりでした。2007年のコンサートツアー以来だったのです。2008年からはドームツアーや、6年続いた国立競技場でのコンサートをするようになり、宮城にはなかなか来れなくなってしまったのです。

嵐が宮城でコンサートをやります、と発表したのが5月頃でした。その日、私のラインには、おめでとう!のメッセージがたくさん来ました。なぜ?と思うかもしれません。

私はずっと、嵐ファンの友達にこんなことを言っていました。
『いつか、嵐のコンサートを地元の宮城で見たい。それが夢だ』。

これは、2013年に私と息子が初めて国立競技場でのコンサートを見た時に、とっても素敵な空間を見て、感じながら、いつか宮城で見たい。と心の底から願ったのです。

夢が叶うまで、かなりの時間がかかるだろう。それでもいい。そう思っていた矢先、たった2年程で私の夢は叶うことになったのです。



 

当日。私の夢が叶った日。

私にとってコンサート当日は、とても重要な日になりました。記念日といってもいいくらいです。地元宮城で、しかも目の前で(スタンド席で、かなり近くまで来てくれた)大好きな嵐を見れた。もう、本当に奇跡といってもいい、最高の日でした。しかも、ミュージックステーションの中継にも参加できたのです。(ミュージックステーションの中継は、DVDやブルーレイではカットされています)




あれから約3年。ブルーレイを見るのに、いつもと違う見方をしてみた。

あの日から約3年が経ちました。昨夜、久々に見たARASHI BLAST in MIYAGI。(通称宮城ライブ)私の場合、毎回見る視点が違います。ある時は、ステージ演出凄い!とか、またある時はメンバーかっこいい!とか。

今回は、とにかく、曲を聴こう、曲順に集中してみよう、と決めて映像を見ていました。そして、見るまでは頭から抜けていたのですが、映像を見始めてから気づきました。

もうすぐ、震災が起きた日が来るということに。そこから、凄く集中して映像を見て、曲を聴いていきました。

セットリストには、嵐の想いが溢れていた

改めてじっくりと聴いたセットリスト。そこには、嵐の想いが溢れていました。

たくさん曲がある嵐。その中で、セットリストは、応援歌ばかりだったのです。
といっても、直接の応援歌は全32曲演奏されたうち、たった3~4曲でした。しかし、他のほぼ全ての曲が、とっても前向きな歌詞だったのです。

『前を向こう』 『生きていこう』『まだ見えない明日へ』『進むよ、それでも』『必要のない人なんていない』など。(全て違う曲の歌詞)こんな風に前向きの歌詞が多かったのですが、そんな中でも、『泣いてもいいよ』『弱いところを見せても大丈夫』という歌詞もありました。

コンサート当日は、テンションが上がっていて、そこまで気が付かなかった。しばらくして見返しても、そこまでしっかり聞いていなかった。

今回、冷静にしっかり聴いて、見たことで、嵐の想いをしっかり受け止めることができました。

応援する歌詞を前面に出した応援歌ばっかり歌っても、引いてしまう人も出てくる。きっとそんなことも考えたのでしょう。

コンサートで盛り上がる、アップテンポの曲をたくさん入れつつ、さりげなく、前向きな曲をたくさん選んだ。どれだけの想いを込めて、そしてどれだけ悩んでこのセットリストに決めたんだろう。そう思うと、涙がこぼれました。

映像を見ながら、「今ならわかる、嵐がなんでこの曲を選んだか。」とブツブツ言いながら、ボロボロ泣くという状況になっていました。一人で観ててよかったです(笑)

1つ紹介したいのが、本編最後に歌われた曲です。通常、嵐のコンサートは、スイッチを入れると明るく光るペンライトが使われます。

しかし、今回のコンサートは、お祭りや100均に売っているような、半分に折ると光る、いわゆるケミカルライトが使われました。最初は理由がわかりませんでした。でも、夜になってわかったんです。スタジアムは屋根がないので、星や月が良く見えるようにこのライトだったんだって。

そして、ペンライトは消し、ケミカルライトもどうにか隠して、真っ暗な中で歌われたのが、『果てない空』という曲です。

この曲は、震災直後、嵐がテレビを通して歌った曲でした。僕たちに今できることは歌う事だから、と。その曲を、震災から4年半くらいたって、やっと被災地で歌うことができる、とメンバ―達は話していました。

いろんな意見があるけれど、私はやっぱり、この曲を宮城で歌ったのは、鎮魂の意味でも、良かったと思っています。

真っ暗な中でたくさんの白いサーチライトが、曲のイントロが始まると、ステージに立つメンバーではなく、まっすぐに空へと向かって伸びていったのがとても印象に残っています。まるで震災で亡くなったたくさんの人達を照らすように。

3年経っても、私にとって、このコンサートは特別なもの。

コンサートの日から約3年経っても、私の中で、このコンサートは特別なものです。そして、演奏された曲も特別なものです。

震災が起こった日を目前にして、この映像を見たことで、嵐がどれだけ宮城を含めた被災地に想いを向けていたのか、そしてどれだけ来たかったのか(震災から4年後に来れたということも含めて)を余計しっかりと感じることができました。

本編最後の曲の前に、メンバーが挨拶をするのが恒例なのですが、その中で、涙ぐむメンバーもいました。明るく話しながらも、凄く深いことを話したメンバーもいました。

今、その挨拶を聞くと、すごく伝わってきて、またボロボロと泣いてしまいました。何回泣くんだ!と自分で思うほど泣いてしまいました。

当時、コンサートを一緒に見た妹が、メンバーの挨拶を聞いて、こんなことを言っていました。

『嵐ってすごいね。5人の中で誰一人、被災地に勇気を与えたい!元気を与えたい!とか、そんなことを言う人がいなかった。』

確かにそうなんです。私はファンとして当たり前になっていたのですが、そんなことを言う人はいなかったな、と改めて思いました。

是非、演奏された曲も、メンバーの挨拶も、一度見てほしいです。

この宮城ライブのブルーレイは、これからも、私の宝物です。

そして、嵐の宮城を含めた被災地への想いに、ありがとう、という気持ちでいっぱいです。

 

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