フリーライターいたまり イタガキマリコ オフィシャルサイト

GLAYとhideさん両方大好きな私から見た、GLAYとhideさんの関係~星になってからの18年間の歩み~

2018/11/13
 
この記事を書いている人 - WRITER -
宮城県仙台市近郊を拠点に活動しているフリーライター。宮城県在住。現在は主にネットにて執筆中。紙媒体も募集中。 得意分野は、エンタメ系・乗り物系全般・iPhoneなどガジェット系・子育て系・地域に関すること等。 一眼レフカメラ(CannonEOSkissX9)を所有し、取材、インタビュー、撮影もこなす。 ブログでは、仕事のこと、体験取材記事を中心に、大好きなことについて、レビュー記事などさまざまな記事を執筆。 詳しいプロフィールと執筆実績は、サイト内のそれぞれのページに掲載。

 

 

こんにちは。フリーライターのいたまり ことイタガキマリコ

@itamari_DB_ar_g)です。

今回の記事では、両方とも大好きなGLAYとhideさんの関係について書きたいと思います。

GLAYとhideさんは、先輩後輩関係にあります。しかし、ただの先輩後輩の関係ではないんです。

 

GLAYはhideさん(XJAPAN)の後輩だった

GLAYは、元々、XJAPANのYOSHIKIさんが作った『プラチナム・レコード』というレコード会社からCDデビューをしています。その為、GLAYはXJAPANやLUNASEAの後輩、という位置づけになります。

また、GLAYのデビューのきっかけは、出演していたライブハウスに、YOSHIKIさんが来たことから始まったのですが、YOSHIKIさんに、GLAYのデモテープを聞かせたのがhideさんだといわれているのです。

hideさんは、XJAPANの活動と、自分のソロ活動の他に、若いバンドを発掘しては世に送り出す活動もしていました。他にも、病気のファンの人と交流したりとたくさんの活動をしていたのです。

 



hideさんが星になった時、私はまだ中学生だった

hideさんが亡くなった時、私はまだ中学生でした。Mステはよく見ていたので、XJAPANが出ていたのも、hideさんがソロで出ていたのも見ていました。どちらにしても、とにかく個性的で、毎回見るたびに、凄い!凄い!とワクワクしながら見ていました。

その当時のことは、今でも覚えています。私はワイドショーで知りました。そして、葬儀の映像も同じようにニュースやワイドショーで見ていました。

その葬儀には、XJAPANのメンバーはもちろん、いろいろなバンドの人達が参列しているのがわかりました。その中には、当時カラフルな髪の色をしていたGLAYもいたのを覚えています。

その頃、GLAYのファンになりたてだった私は、hideさんとGLAYは、仲良しだったんだな、と思ったのでした。

YOSHIKIさんのピアノをバックに、TOSHIさんの声がとても悲しく響いていた『Forever Love』の映像を今でもはっきり覚えています。




翌年、hideさんのトリビュートアルバムが発売された

翌年の99年、hideさんのトリビュートアルバムが発売されました。hideさんを敬愛しているアーティスト達が、思い思いに、hideさんの曲をカバーしたアルバムでした。

参加アーティストは、今考えてみてもとても豪華でした。布袋寅泰さん、清春さん、LUNA SEA、シャムシェイド、BUCK-TICK、GLAY、など。今は解散してしまったバンドも入っていました。

私は、GLAYも参加してる!と購入したのですが、このCDからhideさんの音楽が気になり始め、いろいろ調べていくうちに大好きになりました。

その後、CDやDVDを購入したり、代々木体育館に映像を使ったhideさんのコンサートを見に行ったりするようになったのです。

このトリビュートアルバムが、hideさんのファンのきっかけになった人、他にもたくさんいると思います。

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GLAYが初めてカバーしたMISERYをライブで演奏したのは99年の20万人ライブ

GLAYがトリビュートアルバムでカバーしたのは、MISERYという曲でした。hideさんの原曲はちょっとゆっくりめのテンポでしたが、GLAYは速いテンポで、明るいロックな曲にアレンジしてカバーしました。

ポイントは、エンディング近くでは、hideさんのコーラスが入っていることです。

この曲を初めてGLAYがライブで演奏したのは、99年の幕張で行われた、いわゆる20万人ライブでした。

演奏する前、ボーカルのTERUさんが、『空には、大切な先輩がいます。その大切な先輩の曲をここで聴いてほしいと思います。空に届くように歌います。』といったニュアンスのMCをしました。その時は、GLAYの名を叫ぶ歓声と共に、hideさんの名前を叫ぶ声もたくさんありました。

このとき、この曲がこれからどうなるか、ということは、誰も知りませんでした。




MISERYは、18年間、ずっと演奏され続けている。きっとこれからも

MISERYは、99年に初めてライブで演奏されてから、主に野外ライブで、ずーっと演奏され続けることになります。

そして、演奏する前に必ず、『空には大好きな、尊敬している先輩がいます。その人の曲を聴いてほしいと思います』といったニュアンスのMCを毎回するのです。

私は、これまでたくさんのGLAYの野外ライブに参加してきましたが、演奏されるMISERYを見て思うのは、hideさんのMISERYを演奏することは、GLAYのライフワークの一つなんじゃないか、ということです。

hideさんは、GLAYの中にしっかりと生きている、と毎回思います。なぜなら、メンバー達は、歌いながら、演奏しながら、空も見つつ、とっても楽しそうに笑っているからです。

他にも、野外ライブで、ギターのHISASHIさんが、hideさんのイエローハートのギターを借り、ROCKET DIVEをカバーして弾きながら歌ったこともありました。

最新のアリーナツアーでは、自分たちの曲を演奏していたと思ったら、急にXJAPANのXという曲が始まり、ファンは少し驚きながらも、会場全員でXジャンプを笑顔でしました。

こういったことから、GLAYの中に、しっかりとXJAPANと、hideさんが生きていて、GLAYの核の一つとしてあるんだなと、いつも嬉しくなるのです。

これからも、両方を大好きでいよう

これからも、GLAYもhideさんも両方、ずっとずっと大好きでいようと思います。

最後に、ライブでのMISERYの映像を貼っておきます。読んで頂きありがとうございました。

このMISERYは、2004年に行われた、野外ライブでの映像です。

 

 

 

 

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宮城県仙台市近郊を拠点に活動しているフリーライター。宮城県在住。現在は主にネットにて執筆中。紙媒体も募集中。 得意分野は、エンタメ系・乗り物系全般・iPhoneなどガジェット系・子育て系・地域に関すること等。 一眼レフカメラ(CannonEOSkissX9)を所有し、取材、インタビュー、撮影もこなす。 ブログでは、仕事のこと、体験取材記事を中心に、大好きなことについて、レビュー記事などさまざまな記事を執筆。 詳しいプロフィールと執筆実績は、サイト内のそれぞれのページに掲載。




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